八王子みなみ野の歴史

八王子みなみ野の街が誕生した歴史

1. 事業の始まり

昭和30年以降、首都圏への人口集中に伴い、八王子市も急激に人口が増加し、市街地の拡大やスプロール化 (大都市郊外のまちなみの無秩序な拡大現象) が急速に進みました。市街化が進んでいなかった本地域には、早急に計画的な市街化形成を行うことが強く望まれ始めました。

八王子市からの開発整備の要望や、宇津貫地区の住民の開発に伴う新駅設置、河川改修や道路等についての整備を望む声により、昭和63年に現在の独立行政法人都市再生機構 (当時の日本住宅公団) によって、八王子みなみ野の街づくりはスタートしました。

八王子みなみ野の街づくりは、道路等の都市基盤施設の整備された良好な環境を有する市街化地を造成するとともに、商業 ・ 業務施設等の集積する核都市としての拠点づくりと八王子市南部地域の生活中心の形成を目的とされました。

平成9年(1997年) には、「まちびらき」 が行われ、豊かな まちなみが次第に形成されてきました。

2. 事業の概要

  • 八王子みなみ野の街づくりは、「南八王子土地区画整理事業」 として行われました。
  • 街づくりには、高度な都市性と里山を基調としたリゾート性を共に享受できる 「アーバンビレッジ」 をコンセプトとし、人々が趣味や地域に根ざした交流を行うことができる 「クラブライフ交流都市」 と環境にやさしい街 「環境共生都市」 を目指しています。
  • 八王子みなみ野では、この考えに基づき環境共生都市を目指し、様々な取り組みが行われました。

■ 公園の充実

地区の公園緑地率は21%を超え、約83haが確保されて公園が充実しています。

■ 五山五丘三渓一流

地区には、五つの山、五つの丘、三つの渓、一つの流れ (兵衛川) があります。これらは、植生の保全や社寺との一体感、まちなみと山 ・丘の融合を目指して整備されました。また、調整池や河川は、治水機能だけではなく、開発前の谷戸景観の復元を目的として整備されています。


■ 水循環再生システム

公園や広い敷地 (校庭など) の地下に設置しているオンサイト貯留施設 (粒の粗い石を詰めた水槽の石の間に雨水が貯まって、徐々に地中に浸透していく仕組み) や、地区の造成工事の際に人工的に作った帯水層による地下水脈があります。この水脈により、地区内を流れる兵衛川へと地下水の誘導が行われ、川の流量を安定させることができています。


■ ホタルや水生生物の生息できる環境づくり

地区内に自生していたゲンジボタルとヘイケボタルを採取し、人工飼育した幼虫を宇津貫緑地の 「ホタル沢」 に平成6年から放流。平成14年までの毎年、約2,000個体の幼虫が放流されました。その後も地域活動によって、水路や棚田の整備 ・ 管理が行われ、毎年 夏にはホタルが夕闇に光の糸を放って舞っています。


■ クラブライフ交流都市の実現

「クラブライフ交流都市」 を実現する取り組みとして、「みなみ野自然塾」の活動があります。栃谷戸公園とホタル沢を活動拠点に地域の豊かな自然や文化を住民自らが守り育て、次世代につなげていく活動をしています。


■ 八王子みなみ野シティまち育成連絡会議

町会、住民団体、企業、周辺の学校が会員となり、みなみ野に関わる情報の共有、新たなコミュニティ形成の支援、地域と地元企業の共存、周辺大学との交流を目指し、活動を行っています。


3. 事業完了から現在までの様子

「南八王子土地区画整理事業」 は、平成20年 (2008年) に事業の終了である 「換地処分」 が行われ、街の形を作る事業は終わりました。地区内には小学校3校、中学校2校、交番、郵便局、保育園、子育て支援拠点の地域子ども家庭支援センター等が整備され、子育て世帯に人気のある街になりました。また、駅周辺には大型ショッピングセンターが次々にオープンし、通り沿いには医療施設やレストラン・店舗が立地して、賑わいのある熟成した街へと成長しています。


《航空写真で見る八王子みなみ野の変貌》

※当コーナーは、画像も含め、UR都市機構様よりの資料提供により作成しております。

制作・運営 一般財団法人 首都圏ケーブルメディア